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存在論的、郵便的―ジャック・デリダについてレビュー
存在論的、郵便的―ジャック・デリダについては、とっても人気があるみたいですね。
私としてもとても興味のあるところです。
でりだ
フッサール、ハイデガー、フロイトなど、ほとんど読んでない人間が読んでみました。
哲学において門外漢なわけですが、哲学的術語には、ほとんど自分なりの訳をつけるなどして
(もちろん、ページを進めていった後に修正あり)なんとか、最後まで読み終えました。
要約というほど内容を把握できてないと思いますが、あえて言うならば、
自己完結的システム、及び、神を仮定することをデリダは批判した、ということでしょうか。
自己の中に客観的な他者の痕跡を認めることを一貫して主張していたように思います。
つまりは独我論から抜け出すこと?
こうした小難しい議論を出発点にして、コミュニケーション等の必然性も生まれてくるのかなと思います。
やはりこの本を読み解く上では上記三人くらいは解説本でも何でも利用して多少、触れておいた方がより理解が深まったのではないかと思っています。
東浩紀は何故このような奇妙なテクストを書いたのか?
本書は学術的研究対象にはならなかった時期のデリダ、
しかし世間的にはデリダと言われたときイメージする
奇妙な造語・新語・言葉遊びを多用した時期のデリダを
研究対象にしている。
言葉遊びを多用するデリダの意図を学術的に説明するのに
言葉遊びを多用したのでは意味が通じない。そのため、
言葉遊びを使わない学術的な体裁で書かれてはいるが、
あとがき2ページを含むラスト4ページでその禁止は解かれ
自ら論理の破綻を宣言する所で終わっている。
一部の人達から、著者自らが立てた問いに答えていないと批判されるが、
最終章において著者は答えに到達している。
その上で、論理の破綻を宣言するというデリダ的な言葉遊びを行い
ねじれた論理の持つ面白みを伝えようとしているのだ。
割り切りと開き直りの間
初版からすでに9年になろうとしていて、浅田彰『構造と力』のような地位を得つつあるといってもいいと思う。読むべき本でありながら、いまさら読むのはためらう本。たまたま正月を利用して読んでみたけれど、すばらしい展開力。伏線の張り方、周辺への目配り、そしてなにより驚くべき忍耐を維持する論理の力。そのすばらしさは「文体」にあるので、要約や解説は無意味です。デリダの「文体」を問題にしながら自らの「文体」を構築する、デリダを実践してしまうようなすばらしい作品。正月から感動しました。
デリダを正確に読むのではなく、その一番おいしいところ、柄谷行人的にいうなら「可能性の中心」を読めばいいのだ、という割り切りは気持ちがいい。そして、最後になって、その割り切りが開き直りに行きつかずに逡巡するあたりも若々しい。なるほど、待っていても文庫化しないわけだ。これなら2000円は絶対に安い。ただし、これを読むと、デリダの初期から中期の作品のみならず、ハイデガーやフロイト、さらに柄谷行人を読む意欲が減退するという欠点があります。あまりに明快なので。未読の方はご注意を。
レビューにはどうしても批判的なものもでてきますが、自分の求めているものと マッチしているかどうかをしっかりと見てみる必要がありますね。
存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて
東 浩紀

定価: ¥ 2,100
販売価格: ¥ 2,100
人気ランキング: 77305位
おすすめ度: 
発売日: 1998-10
発売元: 新潮社
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